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大阪高等裁判所 昭和53年(う)250号 判決

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

被告人を懲役一年及び罰金三〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人井関勇司作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨は、被告人を懲役八月及び罰金三〇万円に処した原判決の量刑不当を主張するもので、右懲役刑については執行を猶予するのが相当である、というのであるが、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討してみるのに、被告人の本件犯行は、原審相被告人沼沢光男と共に売買取引の対象となる不動産物件を物色中、原判示池田弘らがその所有にかかる山林の売却処分を希望していることを聞知し、被告人らがいずれも宅地建物取引業法に所定の免許を有していなかったことから、右沼沢あるいはさらに右池田らとも共謀して、右免許を有する東京都内の不動産業者の名義を借用し、これを売主として、三回にわたり、原判示三ヶ所の山林を宅地目的で分譲売出し、原判決別表記載のとおり、二七件、山林総面積約五、一〇〇平方メートルを販売価格合計約五、七五〇万円で売却し、もって、無免許で宅地建物取引業を営んだものである。近時、無免許の者ら悪質不動産業者による不法・不当な不動産取引売買により、買主ら一般顧客に多大の損害を蒙らせる事例が少なくない折から、免許制度を実施し、宅地建物の取引業に対し必要な規制を行ない、公正な取引を確保し、もって宅地、建物の買主らの利益を保護し、これらの流通の円滑化を図ろうとする前記業法の立法目的にも照らし、本件のごとき無免許営業は、それ自体軽視しがたい犯行であることは勿論であるばかりでなく、本件山林の分譲販売にあたっては、被告人及び沼沢は、前記支店の営業部長あるいは総務部長の肩書を詐称し、あたかも免許のある正規の業者による正当な取引を仮装し、物件の表示内容についても、一部宅地造成工事規制区域に含まれているにも拘らず、買主らをして法令上も何ら防災工事や許可手続を要せずして宅地化が可能であるかのごとき印象を与えかねない「無指定地域」との表示をし、あるいは水道設備等の点で誤解を招きやすい表示をするなどして、大々的に宣伝し売出し、相当多額の利益もあげているのであって、右のような宣伝方法等には、買主らをして判断を誤らせる要素があったことは否定しがたく、いわば無免許営業の安易、無責任さが露呈したものというべく、叙上のような本件犯行の罪質、動機、態様、計画性、取扱い物件の件数・販売価格・利得の程度等にみられる犯行の規模などのほか、被告人には、誇大広告等禁止違反を内容とする宅地建物取引業法違反の罪で、本件前に二回、本件犯行期間中に一回(犯行自体は本件前)それぞれ罰金刑に処せられており、法の目的趣旨を十分承知しながら敢えて本件犯行を企図し敢行したことなどを考慮すると、犯情甚だ悪く、被告人の刑事責任は軽視しがたいものがあるといわなければならず、特に一般予防の見地にも立つとき、原判決が懲役刑について実刑を科したのも一面において十分首肯することができる。しかしながら、他面、被告人らが売却した本件土地は、所要の工事、手続を経ることによっては全く宅地として利用できない類のものではなく、販売価格の低廉さ及び現実に法的にも所有権が移転されていることなどの事情もあって、買主らからは、二、三を除き、その後買戻あるいは損害賠償等の苦情の申出が具体的になされた形跡はなく、同人らに格別大きな被害を与えてはいないことがうかがわれ、被告人は、仮にそのような事態が発生した場合には、誠意をもって善処する旨誓約していること、また、被告人らが特に不当な暴利を貪った事跡はなく、被告人においては、逮捕・勾留、公判審理を経て十分反省し改悛の情が認められ、現在も不動産取引の仕事に携っているが、まじめな仕事ぶりは雇主の信頼を得ており、今後同人の監督、指導も期待でき、再犯の虞れもまずないものと考えられること、被告人には前記のもの及び業務上過失傷害・道路交通法違反の罪によるいずれも罰金刑の前科以外には前科前歴がないこと、その他、被告人の家庭の状況、さらには、本件において被告人の果した役割の重大であることはいうまでもないところであるが、本件山林の一部の所有者であり、市会議員、司法書士等の肩書を有し、地元の有力者である前記池田の果した役割も看過しがたいところ、同人及びその他の関係者らはいずれも公判請求されるに至らず(右池田は略式命令で罰金刑に処せられていることがうかがわれる。)、被告人に比べ加功の程度がやや軽いとはいえ、利益をほぼ折半するなど、相当重要な役割を果した前記沼沢についても懲役八月及び罰金三〇万円、右懲役刑について三年間執行猶予の判決が確定していること、あるいは、この種事犯についての量刑例など、所論指摘の諸点を含む諸般の事情を総合斟酌してみると、一罰百戒的に、ここで直ちに被告人を懲役刑について実刑に処することはいささか酷に過ぎるものというべく、むしろ、今後における被告人の自重、自戒に期待して、今回に限って懲役刑の執行を猶予するのが刑政の本旨に適う相当な処遇であると考えられる。従って、懲役刑について執行猶予を付さなかった点において原判決の量刑は重きに過ぎ、原判決は破棄を免れない。論旨は右の限度で理由がある。

よって、刑事訴訟法三九七条一項、三八一条により原判決中被告人に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書に従い更に判決すべきところ、原判決が適法に確定した原判示罪となるべき事実に、宅地建物取引業法七九条二号、一二条一項、刑法六〇条(懲役刑及び罰金刑併科)、刑法一八条、二五条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する〔なお、本件は、被告人のために控訴がなされたものであるから、刑事訴訟法四〇二条の不利益変更禁止の規定が適用される場合であるが、第一審、第二審において言渡された主文の刑を、具体的に全体として総合的に観察し、第二審の判決の刑が第一審の判決の刑よりも実質上不利益でない限り、右規定に牴触しないものと解されるところ(最高裁判所大法廷昭和二六年八月一日判決・刑集五巻九号一七一五頁、同第三小法廷昭和二六年一一月二七日判決・刑集五巻一三号二四五七頁、同第二小法廷昭和四〇年二月二六日決定・刑集一九巻一号五九頁等参照)、本件において、原判決の被告人に対する懲役八月及び罰金三〇万円の刑(求刑は懲役一年及び罰金三〇万円)を、前記原審相被告人に対する刑との均衡などをも勘案して、当審において、主文のとおり、懲役一年及び罰金三〇万円に変更し、懲役刑を右の程度に重くしても、右懲役刑につき三年間執行を猶予した場合には、全体的、総合的にみて、たとえ、執行猶予の言渡しは取消される可能性があることを考慮にいれてみても、懲役刑の執行を猶予されることにより、特に被告人に対する自由の拘束、法益の剥奪の面において、実質的に利益であることは明らかであって、右のような刑の変更は、右不利益変更禁止の規定に牴触しないものというべきである。)。

(裁判長裁判官 原田修 裁判官 大西一夫 龍岡資晃)

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